小ネタ
「踊っていただけますか?」
「お断りいたします」
きっぱりとした口調で突っぱねた金色の髪と薔薇のような深紅のドレスの娘が、高そうな扇を振って踵を返し、衣ずれの音も優雅に去っていく。待ち人がいなくなった手をやんわりと戻しその背を見送る背の高い男は、つれない返事をされたにもかかわらず楽しげな顔で娘の細く美しい体をじっと見つめるのだった。その脇から忍び寄るように男の隣に立ったもう一人の男が、同様に娘を見つつ背の高い男に言う。
「おまえが振られるなんて珍しいな。公爵のお嬢さんか」
「もう五回目だよ」
親友である男―――少年と言ったほうがふさわしいくらいの童顔だ―――を振り返り、背の高い男がにやりと笑う。この男、巷では有名なプレイボーイで、魅惑的な切れ長の目と高い鼻、茶の美しい髪、そして長い脚が特徴的だった。彼に言い寄られれば落ちない女はいないとまで言われているが、実際はその軽い調子を嫌う女性もおり、先刻の公爵の娘はそのうちの一人だったらしい。ただ幸か不幸か、彼女は男の好みそのものでもあった。
それを知っている親友は楽しげな彼を見て言ってみる。「手ごわそうなお嬢さんだけど?」
「口説きがいがあっていいだろう?」
童顔の親友は嘆息した。
「まったく、おまえには呆れるよ。…でも気をつけるんだな、薔薇には棘ってものがあるんだ、見たろう?」
深紅のドレスを纏った娘が知り合いの貴族と混じって談笑する様子を眺めていた男は、その目をふと細めた。「隠していないだけ可愛いってものさ」
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